真夏の夜の体験談
 

 

 その日は、とても静かな夜だった。

 

 夏休みに入っていた私は、夜遅くまでテレビを見ていた。午前二時を回り、そろそろ寝ようと居間を出た。

 日付変更前まで降っていた雨はやみ、虫の音一つ聞こえない廊下は薄暗くて不気味に思えた。ぎしぎしと鳴り響く足音に、妙に意識がいってしまう。

 築五十年を超える我が家は無駄に広くて古い木造建築だ。私の部屋はちょうど家の一番はじで、居間からは廊下と台所を通って行かなければならない。風が吹けば、まるで獣の遠吠えのように柱のきしむ音が家じゅうを反響した。

 私は内心びくびくとおびえながらも歩き続ける。この家の生まれて十八年も立っているのに、いまだに真夜中に家のなかを歩きまわるのは慣れない。昼間は電気をつけなくても十分明るい我が家だが、夜は昼間の喧騒が嘘のように静まりかえり、別の空間に迷い込んだような心持ちになる。



 (まあ、こんな時間までホラー映画見てるからそう思っちゃうんだろうね)


 怖がりのクセに、ついついそういった類を見てしまう私は、自業自得と反省しながらも台所へと足をふみ入れた。

 

 

 その時、私の心臓がどくり、とはねた。

 

 

 

 ―――台所に、なにかがいる。

 

 

 私ははやる心臓を抑え、目を凝らした。明かりは豆電球の淡い光だけ。
 そのオレンジ色に照らされて、なにか黒い影が見えた。

 『それ』は台所のイスに深く腰かけ、こちらに背を向けて座っていた。見間違いかと思ったが、時折影がゆらゆらと揺れている。人型のシルエットがはっきり浮かび上がっていた。

(・・・・)


 息を飲んだ。今は真夜中の午前二時。家族はみんなすでに寝てしまっている。それに、イスに座っているのにどうして明かりをつけないのだろうか。

 

 ふと、私の耳元に、かすかな音が聞こえた。





 

―――しゃり、しゃり―――


―――しゃり、しゃり―――


―――しゃり、しゃり―――





 咀嚼(そしゃく)音だ。

                  

 なにか固いものをかみ砕くような、そんな音が聞こえた。

 

 よく見ると、影の手元がかすかに動いている。背中越しでよく見えないが、握っているなにかを直接かじりついて食べていた。

 

(・・・ッ!)

 

私は息を飲んだ。先ほどまで見ていたホラー映画の内容を思い出してしまったからだ。

 偶然迷い込んだ主人公が、古い民家で人食いの化け物と出会う話だった。暗闇の中、化け物が死体を骨ごとかみ砕いてむさぼるシーンが、目の前の出来事と重なって見えて、心臓が止まりそうになった。
 




―――しゃり、しゃり―――


―――しゃり、しゃり―――


―――しゃり、しゃり―――


 

 

 ・・・どれくらいの時間がたっただろう。

 薄暗い台所には、あいかわらずなにかを咀嚼する音が響いていた。

 

(ああもう、早く寝ておけばよかった)

 私は恐怖と後悔で足がすくみそうだった。夢だったらどんなに良かったことだろう。けれど、自分を取りまく蒸し暑い心地はたしかに現実のもので、寄りかかる入口の戸の感覚も、まさしく本物だ。

 夜はまだ長い。このままでは部屋に戻ることができない。

 

「・・・ねぇ」

 

私はとうとう、覚悟を決めて声をかけることにした。

 

「・・・」

 

 影からの返答はない。

 私は声を張り上げた。

「ねえってば!」








「お?どうしたがが。そんな声あげて」

 

 

 方言交じりののんきな声が聞こえて、おもわず頭をかかえた。

 

 

「・・・そんなとこで何してんの、じいちゃん」

 

 影の正体は、私の祖父だった。

 

  

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「今夜は暑いから、脱水症状にならねえように水と氷砂糖食ってたんだて」

(しゃりしゃりいってたのは、それか)

 

 御年七十歳を過ぎた祖父は、氷砂糖をほおばりながら答えた。年の割に元気な祖父は、自分が孫を怖がらせていたなど思ってもいないだろう。

  

「だからって、なんで電気つけないの」

「別にコレ食ったら寝るつもりだったし、俺一人ならつけんでもいいだろ」

 

 

「・・・はあああああああ」

 

 どうしようもなく深いため息がこぼれた。

 ついさっきまで怖がっていた自分が馬鹿らしく思えた。

 

 

(もう夜遅くまで起きるのはやめよう・・・)

 

どっと疲れた私はベットの上に倒れこみ、そのまま深い眠りについた。


 
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相変わらずな亀更新で申し訳ありません・・・;

今回は夏ということで、ホラー物に挑戦してみました。
ホラーなのに幽霊とかでてこない・・・
というか、ほぼ作者の実体験ですコレ(笑)


ネットでホラーゲームの実況を見ていて(確か『零』だった)、
台所に行ったらじいちゃんが薄暗い中
じっと座って氷砂糖を食べていてものすごくビビりましたというか


じいちゃんタイミング悪いYO!!


というやるせない思いを小説にしてみました。

あの時はホントに怖かったのよじいちゃん・・・(泣)



似非ホラーではありますが、少しでも涼しい思いをして
暑い夏を乗り切っていただけたら嬉しいです。




それでは、読んでくださってありがとうございました!






2012.08.12