鬼の宿




















 

 『鬼は外、福は内』

 

 

 二月三日は節分の日です。この日は豆まきをして悪い鬼を追い払います。炒った豆をまき、さまざまな病気の元となる鬼を追い出すのです。

では、逃げ出した鬼はどこへ行くのでしょうか?

 とある地方に『鬼の宿』という節分の鬼をむかえる行事があります。これは他の家から逃げ出してきた鬼を、福の神として祀(まつ)っておもてなしをするお祭りです。祭りの晩に家をからっぽにし、ほかの家から逃げ出してきた鬼を招待します。そうしてごちそうとふかふかの布団を用意したその家で一晩ゆっくり過ごしてもらうのです。

場所によって由来はさまざまですが、ここではその一つをご紹介しましょう。

 

 

 むかしむかし、ある村にカエという幼い娘がおりました。父も母も早くに亡くしたカエは村人たちに朝から晩まで働かされ、馬小屋でねとまりをさせられていました。

 ある日のこと、仕事を終えたカエが馬小屋へ戻ると、見知らぬ男が倒れていました。男はひどいケガをしており、小屋のわらの中で動けなくなっていたのです。

「これはたいへんだ」

 カエはあわてて水をくみ、傷の手当てをしました。その途中、頭を拭いた時に男の額にでっぱりがあるのを見つけました。みょうに先のとがったそれは鬼の角でした。

なんと男は人間に化けた鬼だったのです。

カエは前に村人たちが話していた、北のほうから逃げてきた鬼の話を思い出しました。なんでもえらいお侍さんが鬼退治をし、逃げのびた鬼がこの村の近くに隠れていると。

(きっとこいつがその鬼なんだ)

 カエは村人に教えるべきか悩みましたが、ケガをしている様子があまりにかわいそうで、そのままかくまってあげることにしました。

 

 それからしばらくの間、カエは仕事の合間をぬって男の世話をしました。一晩すると男は目を覚ましましたが、ケガがひどくて動けません。カエは毎日山からとってきたアケビや木の実、魚などを食べさせ、包帯をかえてあげました。

 ある日、男がカエに話しかけてきました。

「どうして俺をたすけた?」

 カエは男の様子をじっと見つめます。

「お前さんがケガをしていたからだよ」

「どうして村人に話さない」

「話したほうがいいだが?」

 男は答えません。しばらく考えたあと、男はふところから小さくて丸いものを取り出しました。

「あ、お手玉!」

 それは麻の袋に入ったお手玉でした。全部で四つあり、赤い糸でほおずきの模様が描かれています。男は二つをカエの手にのせ、もう二つを自分で持ちました。

そして器用にお手玉を投げながら、ぽつぽつとお手玉唄を歌いはじめます。

 

 ひとりで さびし

 ふたりで まいりましょう

 みわたす かぎり

 よめなに たんぽぽ

 いもとの すきな

 むらさき すみれ

 なのはな さいた

 やさしい ちょうちょ

 ここのつ こめや

 とおまで まねく

 

 男のお手玉と歌に、カエは夢中になってしました。

「俺の故郷に伝わるわらべ唄だ」

 一曲歌い終えると、男は小さくつぶやきました。カエの面白がっている様子に気分を良くしたのか、今度は四つ一緒に投げてみせます。

カエは男のお手玉を、じっと見つめていました。遊ぶひまなどなかったカエにとって、お手玉遊びは憧れの遊びだったのです。

「おらにも教えて!」

カエも男に唄を習いながら、夜がふけるまで遊びました。

 

 男のケガもなおった頃、にわかに村が騒がしくなりました。

とうとう村人に男のことがばれてしまったのです。いち早く気づいたカエは馬小屋にかけこみ、男に声をかけます。

「たいへんだ、あんたのことが村の人にばれちまった。急いで逃げて」

 しかし、男はなかなか逃げようとしません。鬼をかくまっていたことが村人に知れたら、カエもただではすまされないからです。

「お前はどうするのだ」

「おらなら大丈夫、ほれ、おらがおとりになっているうちに早く!」

 とまどう男の背を押し、カエは男を森の方へと逃がしました。

 それからすぐに、カエは村人たちに捕まってしまいました。男をどこへ逃がしたかも言わなかったので、村人たちからひどくぶたれることになりました。

「こりゃカエ、白状せえ。鬼をどこへやった」

「知らねえよ、おら、なんも知らねえ」

「とぼけてんじゃねえ」

 カエの顔はどんどん赤くはれていきます。しかしカエはけっして、男が逃げた場所を言いませんでした。

 その時です。

 ずしん、ずしんと大きな音が山のほうから聞こえてきました。

「な、なんだ?」

 村人たちが山の上を見ると、なにか大きなものが飛び跳ねていました。それは岩のように大きな体をした鬼だったのです。鬼が地面に足をつけるたびに、ずしん、ずしんと不気味な音がひびきます。

 音はしだいに大きくなり、やがて土砂くずれがおきました。

「まずい! みんなにげろ!」

 村人たちはカエを置いて一目散に逃げ出しましたが、間に合いません。ものすごい速さで流れてきた土にのまれ、村と一緒に埋められてしまいました。

 ただ、その場に残っていたカエだけが助かったのです。

「もう大丈夫だ」

 聞き覚えのある低い声が聞こえました。

 ふりむくと、あの逃がした男が立っていたのです。その後ろにはたくさんの人影が見え、カエはきっと、鬼の仲間が男を迎えにきたのだと思いました。

 男はカエの手にお手玉と蔓(つる)でできた帯を渡しました。

「帯を柱にかざれば家が栄え、お手玉の中のあずきを食べれば病が治る。今まで世話になった」

 男はそう言い残し、カエの元から去っていきました。その後ろにいたたくさんの人影も少しずつ消え、気がつくとその場所に残っていたのはカエだけになりました。

 

 それからとなり村の人間に助けられたカエは、とある商家にひきとられ、その家の子として育てられることになりました。カエが男のいいつけ通りに家の柱に蔓(つる)の帯を飾ると商売はたちまち繁盛し、病気の人にお手玉のあずきを食べさせると、その人はすっかり元気になりました。カエのおかげでとなり村はどんどん栄えていき、やがて村人たちは鬼に感謝するようになりました。そして、その感謝の気持ちをこめて、毎年節分の夜に逃げ出してきた鬼を歓迎(かんげい)する『鬼の宿』の祭りをするようになったのです。

 そのお祭りはカエの亡くなった今でも続いています。

 

 最後にもう一つ、面白い言い伝えをご紹介しましょう。

 お祭りの夜、用意した布団の枕元に、こっそりお手玉を置いておくのです。すると、誰もいない家の中から、時々あのお手玉唄が聞こえてくるそうですよ。

 

 ひとりで さびし

 ふたりで まいりましょう

 みわたす かぎり

 よめなに たんぽぽ

 いもとの すきな

 むらさき すみれ

 なのはな さいた

 やさしい ちょうちょ

 ここのつ こめや

 とおまで まねく

 



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             ※参考

              ・奈良県吉野郡天川村 天河大辨財天社行事『鬼の宿』

              ・お手玉唄…『一人でさびし』 ジュニア版 目で見る日本の詩歌D『わらべうた』松永伍一編 TBS・ブリタニカ
                       YouTube版→https://www.youtube.com/watch?v=biYEWSK2tvQ





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2015,01,03