『オレ、ずっと前からアヤのことが好きだったんだ』


 唐突に告げられた告白。

『よかったら、オレと付き合ってくれよ』
 ありきたりな言葉だった。だからこそまっすぐ、私の胸までよく響いて。

『・・・ええ、いいわよ』

私は、ただ一言だけ返した。



 彼の告白を受け入れたのは、彼を異性として好きだったからじゃない。

 いまの彼との関係を、こわしたくなかったからだ。


 だから、彼の行動に対して特に文句もないし言えない。
他の女の子と遊んでいても、しょうがないなと思うくらいで。
 ずっとそばにはいれなくても、少しの時間だけでも会えるなら
それでよかった。


 でも、私は、


「別れたほうがいいと思ってる?」

 
 こんな彼の表情を望んではいなかったはずだ。



  

「・・・」

 すぐには答えられず、彼の顔も見れなくてうつむいた。
 目線の先にはつながれた手。握っているのは彼のほうなのに、私のほうが未練がましくすがりついてるように見えてしまう。

 「(・・・別れる)」

 そのほうがいいのかもしれない。
 彼はみんなから必要とされている人だ。私が独占していい人でもないし、昔のように私が手を引く必要もない。忙しい彼のわずかな時間を、彼女だからと取り上げてしまうわけにはいかないだろう。本当に彼を好きかどうかもわからない私が。

 右手をぎゅっと握りしめる。より小さくなった私の手は、彼の大きな掌の中にすっぽりとおさまった。
 言わなければ。わかっているはずなのに、のどの奥がはりついて動かない。かさついた唇も閉ざされたまま、わずかに震えるだけでこれ以上の言葉も紡いでくれない。


 そんな私の様子を彼がどう受け取ったのかはわからない。
 ふいに頭の上から声をかけてきた。震える声だ。

「アヤは俺といっしょにいるのがイヤなのか?」
「そんなことない」

 それだけは断言できる。嫌ならこんな関係になるわけがない。
 けれど彼は納得しない様子で私の肩に頭をのせる。耳元で聞こえてくる声がいつもより低くて妙にこそばゆい。

「何でなんだよ、なんでこううまくいかないんだよ」
「タカト、違うの。私が」
「オレ、ちゃんとアヤにいわれたように約束守ってきたのに」
「・・・」



 約束?



 頭の中に疑問符が浮かぶ。
 私は彼と、約束なんてしていただろうか。

 彼はそんな私ににかまわず、頭をぐりぐりと押し付けてきた。

「はは、うまくいかねえよなぁ。草むしりとかダルい事したり、助っ人で部活の大会に出たり、行きたくもない女子の誘いとか受けたりしてたのに。結局、そのせいでアヤに嫌われちまうなんて」
 
 最近では聞いたことのない弱り切った声に、彼がなにかものすごい勘違いをしている気がした。このままでは非常にまずい気もする。

 とにかく、と私は混乱する頭で疑問を投げかけた。

「ちょ、ちょっと待って、タカト。約束って・・・?」
「言ってただろ、約束は守らなきゃだめだって。オレから離れていったりしないから大丈夫だっていってたけど、やっぱちょっとほっときすぎだったよな。ゴメン」
「・・・」

 そういわれてみれば言ったかもしれない。『約束は守らなきゃいけない』はもともと私の口癖だった。あまりにも彼が人との約束をすっぽかして私に会いにくるので、よくよく言い聞かせたものだ。

 けれど。

「約束をしたのは確か小学生くらいの時じゃ・・・」
「そうだけど、それが?」

 すこし涙目になった彼が、真顔で返答してきた。
 私は思わず言葉をなくした。まさかそんな、自分も忘れるくらい昔の約束を今もずっと守っていたなんて。

「(ああそういえば、タカトが泣き虫じゃなくなったのもそのぐらいからだったような・・・)」


「えっと、つまりいままでその約束のために、草むしりとか部活の助っ人とかいろんな人との遊びの誘いをうけてたってこと?」
「そう」
「したくもやりたくもないのに?」
「そう!」
「なら別に、ムリして約束しなくてもいいんじゃないの?」
「え」
「約束しなければ、『約束を破ること』にはならないよ」
「・・・あ」

 今気づいた、といわんばかりに目を見開く彼。私はじっと、彼の様子をうかがう。見上げた彼の表情が、夕焼けの陽射しに負けないくらい赤くなっていき、口元を覆いながらそっぽを向いた。

「あ〜そっか、そうだよな。うん。あーもうなんだよ俺。いままで我慢してたのがバカみたいじゃんか」
「・・・我慢、してたの?」
「当たり前だろ!?大体興味もない女子と遊びにいってもつまんねぇじゃん。アヤと遊びに行くほうが何倍も楽しいし。あ〜・・・」

 頭をかかえてうめき声をあげ始める彼。先ほどよりもずいぶん小さく見える姿に、


「・・・フフ」
「?」
「あは、あはははは!!」


 私はこらえきれず、肩を揺らして笑った。普段はあまり表情に出ないほうだが、今までのこともあって涙が出るほど大笑いしてしまった。
 
 だって。だって彼は、私でさえも忘れていた約束をずっと守ってくれていたのだ。そのせいで会えなくなっても、私とのつながりを信じてくれていた。ただ、そのことが嬉しかった。

 それと、

「あの〜・・・アヤさん?」

 彼がおそるおそる、といった様子でのぞき込んでくる。笑いすぎて涙ぐんだ私の目元に、その大きな手のひらを伸ばす。私はその手を掴み、思いっきりひっぱった。

「おぅわッ!?」

 思いがけない私の行動に、彼が体勢をくずして倒れこんできた。私の黒と彼の赤銅色の髪が重なり、夕日に照らされてそれぞれの色合いに反射して輝いている。
 そこから彼の耳もとに向かって、私はそっとささやいた。

 ようやく確信したのだ。
 昔の泣き虫な彼も、今のまっすぐで少し抜けたところのある彼も、



「大好きよ、タカト」


 こうして耳元まで赤くなってる彼も、全部愛おしいのだと。






 ―――――――――――――――――――――――――――――







「―――・・・うん。もう大丈夫。心配かけてゴメンね。それじゃあ」

 そういって電源ボタンを押し、携帯をポケットの中に入れる。玄関へ向かえば、彼はすでに靴を履き替えて待っていた。私に気づくと、寄りかかっていた壁から離れ、こちらに声をかけてくる。

「電話終わった?」
「うん、待たせてゴメンね。どうしても報告しておきたくて」
「いいって、カナも心配してくれてたんだろ?なんか悪いことしちまったなあ」
「うん、だから『今度タカトにいっぱいおごってもらう』って言ってた」
「げっ!マジかよ!?」

 私はまた吹き出しそうになるのをこらえながら靴を履き替え、彼に続いて玄関を出た。校門までの道に植えられた満開の桜並木からわずかに散った花びらが、沈みかけて強くなった陽射しに照らされ、真冬の雪のように輝いて見えた。

「こうやっていっしょに帰るのも久しぶりだな」
「ね。桜が散らないうちにいっしょに帰れて嬉しいな、ずっとタカトと見たいと思ってたから」
「・・・そっか、それならオレも嬉しいな」
 彼がはにかんだように笑う。
 
「あ〜でも、残りの約束どうすっかな。べつにどうでもいいんなら・・・すっぽかしちまおうか」
「ダメよ、約束は守らなきゃ」
「ええ〜」

 私の一言に、口を尖らせて不満そうな様子の彼。通学用の指定カバンを振り回しながら、なおも言い訳を続ける。

「でもそうするとあと一週間ぐらいろくに会えなくなるぜ?もう空いた時間以外でも会えるってのに」
「一度でも約束したんなら守らなきゃダメよ。まあ、あんまり理不尽なものはいいと思うけど・・・」
「でもさ〜」

 今だ納得しきれずに文句を言う彼に、私は歩きながら頭を働かせる。指先で結んだ髪をいじりながら、そうだ、と彼のほうに目線を向けた。

「じゃあ、約束しましょうか」
「え?」

 彼の手を引き、その目をみつめる。何のことか分からない様子の彼の手を、私はそっと握りしめた。

「これから帰るときは、なるべくいっしょに帰ろう。あと、どんなに少しの時間でも、出来るだけいっしょにいてほしいな。ああそれと、」


「もう二度と、女の子と二人っきりで遊びにいったりしないでね」


 顔を真っ赤にした私と放心している彼との間に、一瞬突風のような強い風が通りぬける。降りそそいだ花びらにも気づかない様子の彼の制服から、張り付いた花びらを一つ一つ取っていった。

「約束、ちゃんと守ってね」

 その一言でようやく戻ってきた彼は、それはそれは深いため息をつき、私の髪に付いた花びらを払ってくれた。

「やっぱアヤにはかなわねぇな」 

 そういって私の手を掴んで歩き出す彼に、私はまた人知れず笑みを浮かべることとなった。



 満開の桜の下、二人の顔に同じ夕焼けの陽が差しこんでいた。
 
 



                     【終】



 
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シリアスかと思った? 残念、ただのバカップルでした!!


と、書いてる途中で思わず叫びたくなりました。
あ、甘い。甘すぎる・・・(汗)
そしてとっても時期外れでしたね・・・
(現在七夕)


元ネタはネットか何かで見た
『暇をつぶすような時間に一緒にいたいと思う人と恋をするとよい』
という一文からです。
(うろ覚えですが;)


彼氏だから、彼女だからと無理して時間を作って会うより、
『会いたいなあ、いっしょにいたいなあ』
と思ってる人に会うほうが何倍も楽しいですもんね。


恋愛だけじゃなくても、友人とか、きっと人間関係全般に言えることですよね。
まあ仕事だったらどうしようもないですがあっはっは!!(どうした)


それでは、読んでくださってありがとうございました!
のろすぎる更新ですみません・・・;