Dusty miller







※長編小説『極彩色の感情論』の番外編です。
  本編のネタバレを含みますのでご注意ください。









 

埃のつもった廊下を走りぬける。カンカンとなり響く自分の足音に冷や汗が流れた。
 薄暗い廃ビルの中は頼りない簡易照明が足元を照らすだけで、シロは自分の走る道がまるで永遠に続いているかような錯覚を覚えた。

「似たような道ばっかり・・・・・・どこに行けばいいかわかんないよ」

 T字路に突き当たったシロはとうとう走るのを止め、むき出しのコンクリートの壁に背を預ける。
 その手には、小学生が持つにはおよそ不釣合いな回転式拳銃・・・・・・リボルバーが握られていた。
 もちろんおもちゃではない。シリンダーに込められている弾も実弾だ。それをどこで手に入れたのかは覚えていない。シロが気づいたときには、すでに自分の手の中にあった。

 だが一番の問題はそこではない。

 一番重要なのは、シロが本物の拳銃を持たなければならないほど、この場所が危険であるということだ。

「そういえば、このビルの地図も持ってたっけ。一応見てみようかな、きっとわかんないだろうけど」

 シロは拳銃を太もものショルダーにしまい、腰に巻きつけていたカバンを漁りだす。道中ろくに整理していなかったせいで、カバンの中身はどこに何があるのかわからない状態になっていた。

 シロが懸命に地図を探していると、来た道の方角から大柄な男の影が走り寄ってくるのが見えた。足元の簡易照明が男の迷彩柄の戦闘服をぼんやりとうつしだす。口元にはドクロの描かれたバンダナを巻きつけており、手には軍人が持っていそうなアサルトライフルが握られていた。

 銃口の先は、まっすぐシロへと向けられている。

「やばっ―――」

 それを認識したシロは、咄嗟に左側の壁へと滑り込んだ。その瞬間、先ほどまでシロが立っていた場所に無数の火花が散る。壁に残された数え切れないほどの銃痕と硝煙の匂いに、シロの体に緊張が走った。

「もう、こんな時に襲われるなんて!」

 シロは急いでショルダーから拳銃を引き抜いた。銃声が鳴り止んだ隙に壁から腕を出し、数発打ちこむ。足音が止まないのを確認すると、そのまま壁沿いに廊下を走り抜けた。

 背後から再び銃声が迫ってくる。
 壁に当たった弾が跳ね返り、シロの鼻先をかすめた。

(ひい!)

 内心悲鳴をあげながらも、シロは懸命に走り続けた。足を止めたが最後、自分の身体はあのコンクリートの壁のように無数の穴があくことになるだろう。

 道の先は再びT字路にぶつかった。シロはシリンダーに弾を込めながら、今度は右側の道へと走り込む。
 迷っている時間などない。
 だがこの時ばかりは、シロももう少し慎重になるべきだった。

「―――嘘、行き止まり!?」

 曲がってから少し走ったところで、シロは目の前にそびえ立つコンクリートの壁に気づいた。運悪く行き止まりの方を選んでしまったらしい。周囲には窓もなく、立ちはだかる無機質な灰色の壁がシロをせせら笑っているように見えた。

 焦るシロをよそに背後からあの足音が迫ってくる。硬い靴底の音は、少しずつシロとの距離を縮めてきていた。

「もう、こっち来ないでったら・・・・・・っ!?」

 せめてひとあがきしようと振り向いた瞬間、リボルバーの銃身にアサルトライフルの弾が打ち込まれた。凄まじい衝撃にシロの重心は崩れ、そのまま埃かぶった床の上へと倒れこむ。はじかれたリボルバーは硬いコンクリートの床を滑り、シロの手から離れていった。

「あ、ちょっと!」

 慌てて拾い上げようとしたところで、男の足が拳銃を踏みつけ、そのまま彼方の方角へと蹴り飛ばす。暗闇に消えていくそれとは裏腹に、シロは両手を上げながら、じょじょに壁の方へと追い詰められていた。

 汗ばんだ背中が、とうとう冷たい壁に突き当たる。

 強く目をつぶったシロの額に、硬い銃口が押し付けられた。

(もう、だめだ)

 グローブに包まれた無骨な手が、引き金に指をかける。


 
「伏せろ、シロ!」


 聞きなれた声に咄嗟に目を開いた

 その瞬間に男の背後から小柄な影が飛びかかり、男の太い首筋にするどい蹴りを入れる。不意打ちのせいで避けることもできず、男はくぐもった声を上げながら床へと倒れ込んだ。その拍子に一発だけ放たれた銃弾がシロの右頬辺りの壁に突き刺さる。

 一瞬ひるんだシロだったが、決してその隙を見逃さない。昏倒している男の横を通り抜け、無事に逃げることができた。シロはそのまま小柄な影の方へ向かうと、ようやく緊張がとけたように安堵の声を漏らした。

「良かった、やっぱり来てくれたんだね、クロ! 助けてくれてありがとう」

 小柄な人影、もといクロと呼ばれた少女は、呆れたようにため息をついた。その両手には鈍色に輝く二丁のオートマティック拳銃が握られている。

「助けてくれてありがとう、じゃないだろ! また勝手にはぐれやがって。いい加減に地図の読み方くらい覚えろよ」

 そうまくし立てるクロに、シロは視線を泳がせる。

「だって難しいんだよ、ここ似たような道が多いし」

「もう何度もココで戦ってるだろうが! お前本当に俺より頭良いのかよ」

「勉強とコレは勝手が違うよ!」

 無機質な廃ビルに似合わない賑やかな喧騒が繰り広げられる。先程まで銃撃戦が行われていたとは思えないほど、二人の会話は緊張感のないものだった。

 そんな二人をよそに、倒れていた男がむくりと起き上がった。頭を数度振ってから落ちていたライフルを拾い上げる。構えたその銃口を、再びシロに向けようとしていた。

 先に動いたのはクロだ。クロは男との距離を一気に縮めると、流れるような仕草で男の銃を蹴り上げた。そのがら空きになった懐へ自動拳銃を撃ちこむ。リズムよく流れる銃声に、男の長身が膝から崩れ落ちた。

 宙を舞っていたライフルが男の背中の上へぼとりと落ちる。

 男が起き上がることは、二度となかった。

「すごい、クロかっこいい!」

 賞賛の声を上げるシロに、クロは思い切り顔をしかめる。

「うるさい! 挙句にこんな雑魚にもやられそうになってるし、しかもなんで初期装備なんか使ってるんだよ。俺のあげた武器はどこにやったんだ」

「・・・・・・弾切れで」

 そう頭を掻きながら答えるシロに、クロは大げさなほどため息をついた。

 普段の勉強や運動はシロの方が上だが、ここではクロの独壇場だ。この場所での勝手に慣れないシロに変わり、クロが武器の調達やサポートをしてくれている。ただそれにも限度があり、シロは敵から必死に逃げるあまり、クロと途中ではぐれてしまったのだ。

「ほら、これ使え」

「え?」

落ち込んでいたシロに手渡されたのは、さきほどまでクロが使っていたオートマチックの二丁拳銃だ。三十センチほどの長い銃身を持つそれはリボルバーよりも威力が高く、弾数も多いものだった。

「これ、クロの武器じゃない! でも、そうしたらクロの武器はどうするの?」

「気にするな、俺はコレを使うから」

 そういうとクロは、男の背中に乗っていたライフルに手を伸ばす。一メートルほどの銃身に傷一つついていないことを確認すると、そのまま背中へと回して背負い込んだ。小柄な体にその長身の銃はずいぶんと重そうに見えるが、クロは軽々と持ち運んでいる。

「俺の使ってた武器の方が撃ち込みが早いし、初心者のお前には扱いやすいだろ。弾も余分に渡しておくから、今度は勝手に捨てるんじゃないぞ」

 クロはそういって来た道を歩き出した。その横顔に先程までの剣幕はない。

 もう彼女が怒っていないのだとわかると、シロは思わず抱きついた。

「クロ・・・・・・ありがとう!」

「バカ、武器持ったままくっつくな!」

 額に重い肘鉄を喰らう。その痛みすら嬉しくて、シロの顔から笑みがこぼれた。

「ったく・・・・・・早くここから脱出するぞ」

「うん!」

 武器をショルダーにしまうと、二人はコンクリートの床を蹴って走り出した。薄暗い空間はずっと続いているが、もう怖いものなど何もない。たとえどんなに強い敵がいようとも、クロと一緒なら大丈夫だという確信が持てるからだ。

 まだ見ぬ敵が潜む廃ビルの中で、シロとクロは互いに手を取りながら走り抜けた。

 

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「おいシロ、俺が右側から回るからお前は左からいけ。迎撃するぞ」

「わかった!」

「よくやった! これでこの面はクリアだ、このまま次のステージも行くぞ」

「はい、クロ隊長!」

 

「・・・・・・すっかり仲良しだなあ」

「お兄ちゃん、急にどうしたの?」

「いや、和希と翔太。ちょっと前までは和希の方がうざがってたのに、今では同じゲームをするくらい仲良くなったんだなと」

「あ〜そうだね。あの夏の事件以来、和希もすっかり丸くなったっていうか。今ではクロって呼ばれても嫌がらなくなったよね」

「だよな〜。前は俺の後をついてまわってきてたのに」

「さみしい?」

「・・・・・・かもな。でもいいさ、和希が楽しいならな」

「そうだね」

「でもやっぱさみしいから、ちょっとくらいゲームで叩きのめしてきてもいいよな?」

「やめなよ、高校生にもなって大人気ない」

「お〜い二人共、俺と対戦しようぜ!」

「・・・・・・聞いてないし」



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自己満足だっていいじゃない!!



ここまで読んでいただいた方、お疲れ様です。
今回は『極彩色の感情論』番外編(パロディ?)で、前々から書きたいと思っていた戦闘ものです。
あくまでゲームの中のお話なので、なんちゃって戦闘設定ですけどね;
もちろん実際のクロもこんなに強くありません(笑)
プレイゲームのイメージは特に考えてなかったんですが、強いて言うならゴールデン●イとかでしょうか。
R指定が入らないくらいの戦場物のイメージです。

こういう対戦ゲームみたいなのって、兄弟がいる子の方が強い気がします。特に男兄弟がいる子で。
私も上と下に男兄弟がいて、3人の中では一番弱かったですが、それでも同世代の友達に負けたことはなかったです。
まあ相手がほとんど女の子だったってこともあるんでしょうが(笑)
でもちゃんと男の子にも勝ったことありますよ!><

そんなわけで、施設の中で育ったクロはこういった対戦ゲームは強そうなイメージが私の中でありました。
兄ちゃんや弟分もいるから、こういったゲームはなおさらやってそうですね。
逆に一人っ子のシロは対戦ゲームには疎そうな気がします。
シロの母親が母親なので、こういったゲームをやらせなさそうな気もして・・・・・・;
なので今回は珍しくクロの方がシロを引っ張っています。
なんだか久しぶりにこのコンビを書いたので、うまく書けてるか心配です;><

ではでは、読んで下さりありがとうございました!
すごく楽しかった・・・・・・(*´▽`*)





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ちなみに、タイトルの英語は白妙菊(シロタエギク)の英名より『ダスティーミラー』と読みます。
花言葉は『あなたを支える』。
もっと戦場物っぽい単語にしたかったんですが、いいのが見つからなかった・・・・・・;




2014,04,06