暗い暗い波の間に、自分が沈んでいくのが分かる。
目も開けられないほどのけだるさが全身を覆う感覚。
その中で一瞬、確かに見えたのは、
いつもいつもそばで見ていた、あのまぶしい笑顔だった。
「…ロ、…きて、クロ」
名前を呼ばれたような気がして目を開ける。急に光が入り思わず目をつむった。
が、その一瞬見えたものがとてもよく見慣れた顔であり、また、それがあまりにも近すぎたため、目を見開いて飛び起きてしまった。
「あ、起きた起きた」
間の抜けた話し声の方を向きながら急いで距離を取る。背中が部屋の行き止まりに当たった。
『クソッ』
声に出さす悪態を吐いたところで、ようやく自分が見慣れない部屋にいることに気付いた。
一言で言えば、白い部屋。
他に言いようがないくらい、この部屋には何もなかった。
家具はもちろん、本来どんな部屋にもあるはずの窓やドア、電球等の照明すらなかった。しかしまるで壁が光を発しているかのように部屋の中は明るく、くすんだ黒の長袖とズボンを身に付けている自分がひどく浮いてみえた。
≪いや待て、落ち着け。そんなこと考えてる場合じゃない。いや、知らない部屋にいる時点で色々と思うこともあるけど、今は目の前のコイツだ≫
目を覆うほど伸びたツヤのない黒髪の隙間から、目の前にいる少年を睨む。
相手が『クロ』と呼んだ自分の視線をものともせず、やはり気の抜けるような笑顔を向け、声をかけた。
「ここどこだろ。ね、クロ?」
改めて呼ばれた自分の愛称に、クロは思わず見当たらないドアを蹴り破りたくなった。
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