19話



 

 

「・・・・・・た、優太!」

 誰かに体を揺さぶられて、僕は目を覚ました。

 何度か目をぱちぱちすると、パパとママが心配そうに僕を見ていた。

「あれ? 僕・・・・・・」

「良かった。無事だったのね」

「心配したんだぞ。パパたちを置いて先にいっちゃダメだろう」

 周りを見渡すと、どこかの部屋のソファに座っていた。黒い服をきた大人たちが忙しそうに走ったり、大きな物を運んだりしている。

 大きな窓の外からは、お日様の光がさんさんと照らしている。顔もついていないし、しゃべらない。いつもパパとママと見ている太陽だ。

 (ああ、僕は)

 (あの森から帰ってきたんだ!)

「・・・・・・〜〜〜パパあ!」

「おっと、急にどうしたんだ?」

「迷子になって心細かったのよね。すぐに見つかってよかったわ」

 パパはとつぜん泣き出した僕を抱っこして頭を撫でてくれた。大きくてペンだこのついた手はいつものインクの匂いがして、やっとパパとママのところに帰ってこられたのだと感じられた。

「それにしても、どうしてこんなところで寝てたんだ? 確か僕たちより先に中に入っていたはずだよね?」

 パパはおかしそうに首をかしげた。

そこで僕は今までどこで、だれといたのかを思い出した。

「ねえパパ、お姉さんは?」

「え? お姉さん?」

「うん。森の中で迷子になってた時に助けてくれたんだ」

「森の中?」

「もしかして、あの展示室に入ったのかしら? ほら、あの絵の・・・」

「ああ、あそこか。確かにあれは森の中だね。でも、お姉さんって誰だ?  まだ一般公開してないから、あそこはまだ誰も入っていないはずなのに・・・優太、本当に見たの?」

 首をかしげながら見つめてくるパパに、僕は風船みたいにほっぺをふくらませた。

 間違いない。甘いお菓子みたいな匂いも、抱きしめてくれた時の暖かさも、確かに僕は感じていたから。

「本当だもん! 長い真っ黒な髪の毛で、甘いお菓子みたいな匂いがして。迷子になってた僕に優しくしてくれたんだもん」

 その時、僕の手のひらから、かしゃんと何かが滑り落ちた。

 お姉さんからもらったCDだ。

 僕は慌ててそれを拾い、パパたちの目の前に差し出した。

「ほらみて! これお姉さんからもらったんだよ。パパたちに渡したら、お姉さんのことを教えてくれるって言ってたんだ!」

「僕たちに?」

「いったい誰のことを話してるのかしら」

 う〜ん、と首をかしげるパパたち。

(おかしいなあ、パパたちに話したら教えてくれるからって言ってたのに)

「勇太、どんなお姉さんだったか、もう一度よ〜く思い出して教えてくれる?」

「だから、真っ黒な髪で、甘い匂いがして・・・あれ?」

 今度は僕が首をかしげた。

「そういえばあの木の上の首だけお化けとお姉さんの顔、そっくりだったけど。お姉さんの知り合いなのかなあ」

!?

「それは、本当なのか?」

「うん。木の上の頭は金ピカで、お姉さんと全然違ったけど、おんなじ顔だったよ?」

「ねえ、もしかして」

「うん、きっとそうだわ。だって私、メール送ったもの」

「じゃあきっと、これは」

「???」

 僕をほうって、パパとママは顔を見合わせてお話をした。なぜかママの顔が泣きそうな顔になっている。僕の渡したCDのケースをぎゅっと握り締めた。

 僕は心配になって、ママのお腹をなぜた。

「ママ、どうしたの? お腹痛いの?」

「違う・・・・・・違うの、嬉しくて」

「そうか、そうなのか。ようやくあいつも報われるな」

「なになに? また僕だけ仲間はずれのお話!?

 ぎゅっとママのお腹に抱きついて頬を尖らせると、パパもママも笑顔になった。

「いいや、なんでもないさ。それより、あいつに知らせておかないと」

「あいつ?」

「パパとママのお友達。一緒に優太を探してくれたのよ。今日ここに来たのも、その人とパパが一緒に作った作品を見に来たのよ」

「電話が終わったら、今度こそ三人で美術館を回ろう。もうすぐ開演時間になるからその前に見ていこうな」

「パパ、三人じゃないよ。赤ちゃんも入れて四人!」

 ねー、とママのお腹に頭をこすりつける。僕の声に応えるようにお腹の中からどんと音がした。

「そうね、四人で見に行きましょうね?」

「そうだな。あっ、もしもしごめん、優太見つかったよ。それと・・・」

 パパが電話をするために玄関へ向かう。僕はもう一度ママのお腹に抱きつく。

 手のひらから、あの甘い匂いがした。

「またお姉さんに会えるかな?」

「会えるわよ、きっと。帰ったら、あのCDを聞いてみましょうね」

「うん!」

 ママが僕の頭をなで、お腹からは赤ちゃんの元気な足音が聞こえた。

 (ちょっと怖かったけど、またあの森の中に行きたいな。お姉さんに、僕の妹を紹介してあげるんだ)

 パパが電話から戻ってくるまで、僕は赤ちゃんの音にじっと耳をすませていた。









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2013,11,10