5話



 

「ヒッ・・・・・・!!」

 枝葉の影に隠れるように置かれた生首は、思わず漏れた僕の声にも動じず、じっと目を閉じていた。ほっそりとした青白く頬が照らし出されている。薄い唇には色もなく、固く閉じられていた。薄い色の髪の毛だけが、薄気味悪い太陽に照らし出されていた。

「ん? どうしたの?」

「みちゃダメ!」

 僕の声にお姉さんも首を後ろに向けようとした。あわてて止めようとしたけれど、お姉さんも木の上に置かれた生首に気づいてしまう。

 しかしお姉さんはまったく驚かない。それどころか僕を立たせると、生首のほうへ自分から近づいていった。

「お姉さん!」

「大丈夫だよ。この子、ずっと眠ったままなんだ」

「え・・・・・・」

「それに、この子はこれ以上出てこられないんだよ」

 そう言うと、お姉さんは足元を指差した。そこには僕の身長ほどの赤いリボンのような物が柵に張り巡らされていた。

「これは魔法のロープで、この柵からむこうに行かないかぎり、あの子もこっちに出てこられないんだよ」

 黒髪のお姉さんはにっこりと微笑んだ。

「なんだあ〜・・・・・・」

 気の抜けた僕はへなへなと黒い枝の道にへたりこんだ。思い切り尻もちをついてしまったけれど、黒い枝はふかふかとしていて全然痛くなかった。

「あらら、大丈夫? びっくりしたね」

 僕が座り込むと、お姉さんは首を戻して駆け寄ってきた。手を差し伸べられたけれど、今度は丁寧に断った。

 すくっと立ち上がり、大人の真似をしてパンパンとお尻を叩く。その度にあの甘いお菓子のような匂いがふんわりと漂った。

「大丈夫だよ、僕、もうすぐお兄ちゃんになるんだから」

「へえ! そうなんだ。赤ちゃんが生まれるの?」

「うん! 妹なんだって。だから僕がしっかりしないとなんだよ」

「そっか、おめでとう。小さいのにえらいねえ」

 ふん、と胸をはれば、お姉さんは手を叩いて褒めてくれた。僕は少しだけ嬉しくなり、迷子になった怖さも少しだけ楽になった。ずっと僕に呼びかけていた太陽の声も、今は聞こえない。

「お姉さんも、森の中で迷子になったの?」

「迷子?」

「うん、だってお姉さん、ずっとここにいるんでしょう? だってこのへんな小枝とおんなじ匂いがするもん」

 そういって僕は道に落ちていた小枝を一本拾い上げた。僕の手のひらより少し大きめなそれは、ふかふかとしていてすっと真っ直ぐに伸びている。不思議なことに、どの小枝も皆同じ形、大きさのものばかりだった。

 僕の手のひらから小枝を受け取ると、お姉さんはぷっと吹き出した。どうして笑ったのかわからなくて首をかしげていると、くくくと笑いをこらえながらうずくまってふるえている。

「小枝、そうね、そう見えるか」

「やっぱり! だっておんなじ匂いがするもん。ずっと嗅いでいると頭がクラクラするんだ」

「・・・・・・それは大変。早くここから出ないとだね」

「うん、でもお姉さんは大丈夫なの?」

「私? 私は大丈夫だよ。大人だからさ」

「ふうん? 大人は大丈夫なの?」

「うん、もう慣れちゃった」

 そう言うとお姉さんは、小枝をポケットの中にしまいこんだ。

「それでお姉さんはいつから迷子なの? お姉さんのパパとママは?」

「う〜ん、残念。お姉さんは迷子じゃないんだ。今日は私一人で来たの」

「一人で? こんな森の中に何しに来たの?」

「・・・・・・知りたい?」

 甘い匂いが、黒髪に揺れて強く香る。

 お姉さんの問いかけに、僕は少しためらいながらも小さく頷いた。

 それを見ると、お姉さんはすっと立ち上がり、僕の方に近づいてくる。

 細く長い指が僕の髪をかき分け、薄い色の唇を耳元に寄せた。


「それはね・・・・・・」


 甘く柔らかい息が、僕の耳に吹き掛かる。



 お姉さんの背後では、眠ったままの生首がじっと僕たちのほうを見つめていた。




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2013,08,07