十八話


 

 すべてを語り終えた老婆は疲れたように息を吐いた。

 格子戸から見える空は宵闇色が広がり、こうこうと輝く星々は儚くきらめいていた。木々の群れの先にはユエたちの暮らす神社が顔をのぞかせている。厚い雲の隙間からわずかに覗く月明かりが神社の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせ、今まで起こったこと全てが嘘であったかのように静かな情景を作り出していた。ただ善光の肩に受けた傷と、死んだように眠る戸部の左手、そして老婆の左頬に刻まれた醜い肌が、事件の悲惨さをありありと伝えている。

「そんな。じゃあお婆さんは、ユエを殺そうとしてたってことですか?」

「否定はせんよ」

  流れる沈黙に耐え切れず、善光が震える唇を開いた。

憤りを感じる青年とは対照的に、老婆は淡々とした口調で言葉を返した。しわがれた声が薄暗い室内に響く。

「もともと姉様が贄となってからオヤヒロ様の存在は隠蔽されるようになっていたのじゃ。それをワシが神主の引き継いだときに村々の自治を認めることで、少し力添えをしただけのこと。おかげで村の若い奴らは先祖が祭っていたオヤシロ様も、ましてやワシら神主たちのことも知ってはおらんじゃろう。だからこそ今回の暴動が起きたのじゃ」

 おちくぼんだ眼窩はじっと床板の方へ向けられている。その視線の先はここにはあらず、昔の記憶を回想するように向けているように思えた。

「ユエは貴方のお姉さんでしょう? どうして殺そうなんて!」

「なら聞くが、坊主」

 思わず声を荒げそうになった善光を、老婆は眼差しだけで押し止めた。体の動きを止めたのは恐怖ではなく、その眼光の中に含まれる言いようのない重圧だった。

「お前さんは、自分が死んだ後もあの子を守れるのかい?」

「・・・・・・え」

 唐突な問いかけに息を飲む。

 善光の困惑をよそに、老婆は話を続けた。

「人の命に永遠などない。元は人間だが、今の姉さまは神様じゃ。ワシらと違ってあの子は長い時を生き続ける。ワシやお前が死んだ先、今回のように村人に襲われるようなことがあったらどうするつもりかね? ましてやお前は行きずりの客人。もともと長居せぬ身であったろうに」

「それは」

「だからこそワシは、あの子を殺す道を選んだのじゃ。このワシの姿を見ればわかるじゃろう。遠かれ早かれ、この老いぼれは死ぬ。そうなったら、あの子は本当に一人ぼっちじゃ。ならばせめてあの神社から姉さまを解放することが唯一の救いではないのか? 姉さまとて疫病神などに成り下がってまで生き続けたくはなかろうに」

 老婆は丸まった背中をさらに曲げ、自身の頬に触れた。疫でただれた左頬ではない、シミやしわの刻まれた右頬のほうをだ。

 八十年前は丁寧に結われていたであろう黒髪は見る影もなく、くすんだ白髪混じりの頭になっている。しかし彼女の姉であったユエは十二歳で成長が止まったまま、八十年もあの神社の中で過ごしてきた。八十年も生きてきた老婆はこれから先も永遠に生き続けることはできない。

 それは善光も同じだ。ユエが神様で、善光が人であるという事実に変わりはないのだから。

「もう少しだったんじゃ。あとはワシが死ねば、あの子を知る者は誰もいなくなる。そうすれば、姉さまは死んで、自由になるはずだったのに」

 しわがれた声色が薄暗がりに響く。善光にはその言葉が呪詛のように聞こえ、心臓に突き刺さるような心地だった。

 言いたいことは全て話し終えたのだろう。老婆は静かに立ち上がり、ふすまに手をかける。

「お婆さん、どこへ?」

「少し村に顔を出してくるだけじゃ。この老いぼれに何ができるかわからんが尽力せねばの。でなければ姉さまがうかばれん」

「そう、ですか」

 先ほどの負い目もあり、善光はうつむいたまま老婆の背中を見送った。

 わずかに舞ったほこりが尾を引くように老婆の後を追う。シワだらけの手がのれんを掲げようとしたとき、老婆は唐突に口を開いた。

「だがな坊主。ワシは、お前に感謝もしているのじゃよ」

「え?」

「お前さんのおかげで姉さまも楽しい時を過ごせたようじゃ。お前さんの慕われぶりを見ていればわかる。三つ編みも坊主がしたのじゃろう? まるで昔の姉さまを見ているようじゃ。八十年ぶりにその姿を見たとき、年甲斐もなく泣きそうになってしまった」

 老婆は顔を前に向けたまま、声を震わせて言葉を紡いだ。

「ワシではあの子の遊び相手にはなれなかったからなあ」

「お婆さん・・・・・・」

「じゃあの、今のうちにせいぜい休んでおけ」

 そう言うと、老婆はふすまを開け、廊下の向こうへと消えていった。

「なるほどな、道理であの老人に疫が効かないわけだ。最初から疫にかかっていたんだからな」

!?

 突然聞こえてきた声に善光は目を丸くする。声の先に視線を向ければ、しかめ顔の戸部が横になったまま視線だけを善光に向けていた。

「戸部さん!? 起きていたんですか」

「あのご老人が入ってきた時からだ。まったくずいぶんと長い昔話だ。声をかける暇もなかった」

 そう言うと戸部は手を伸ばし、額にかいた汗を手ぬぐいで拭う。やはり少し眠ったとは言え、まだ具合は良くないのだろう。今なお首筋を流れる球の雫が行灯の明かりによっててらてらと輝いて見える。

 だが、それよりも目を奪うのが額を拭う左手の疫だ。包帯の隙間から見え隠れする焼けただれた痕、間近で見ればより一層不気味に思えた。

「あの、戸部さん」

「なんだ」

「戸部さんがあの神社に来たのは、やっぱり、俺のせいですよね」

 戸部はなにも答えない。前項にはその沈黙が、確かな肯定だとわかった。

 元々戸部という人間は厳格な考えを持つ仕事人だ。渡辺の指示とは言え、きっと彼は立ち入り禁止の神社にいく善光を咎めようとしたのだろう。もしくは善光が持ち帰った書物から神社の存在に興味を持ったのかもしれない。

どのみち戸部が神社に行ったのは、間違いなく善光のせいなのだ。

善光は黒ずんだ手のひらから目を背け、弱々しく頭を垂れる。

「ごめんなさい。僕のせいで、戸部さんにまで余計な迷惑をかけてしまって。村人たちのことも・・・・・・その手のことも」

「気にするな。むしろ今回の件は俺の責任だ。俺一人で神社になどいかず、先に渡辺さんに直談判すればよかったんだ」

「でも」

「なあ善光、あの子どもはユエと言ったな」

「え?」

 それでも食い下がる善光に、戸部は唐突に話題を変えた。首をかしげた善光を戸部は顔色ひとつ変えずこちらを見つめてくる。行灯の火に照らされた眼差しは、普段のそれよりもやや揺らいで見えた。

「そうですよ。あの子はユエです。お婆さんの話では、八十年前は由縁という名前だったそうですが」

「そうか」

 善光がひとつうなずいて肯定すると、今度は戸部が視線をそらした。

「あの、それがなにか」

 その横顔には普段の不機嫌さはなく、かといってまったく気分がいいとも言えないような表情を浮かべていた。

「いや、やっぱり俺の勘違いだったんだな」

「はあ」

 返答を得てもまったく要領を得ない。

(戸部さんはいったい、なんの話をしているんだろう)

 首をかしげる善光に、相槌を挟む間もなく、戸部の乾いた唇はとつとつと言葉を紡ぐ。

「俺には妹がいた」

「え?」

(戸部さんに、妹?)

「だが、俺がガキの頃に村で飢饉が起きて、その妹が身売りに出された」

 嘲笑を含んだ吐息が暗闇に紛れる。

「まさか」

「両親が妹を身売りに出して、手に入れた金で食料を買ってきたんだ。俺がその事実に気づいたのは、その食料をたらふく胃袋に入れてからだった。死ぬほど後悔したが、それも後の祭りだ」

「・・・・・・」

 ただれた左手が荒々しく手ぬぐいを握り締める。鋭い眼差しは白い布地に覆われて見えなくなったが、その顔つきが一層厳しいものになったのは容易に想像できた。

「それから俺は家を飛び出して、行き倒れていたところを渡辺さんに拾われた。あとはお前もだいたい知っているだろう。それから俺は渡辺さんの元で死に物狂いで働き続けた。苦労はしたが、おかげで五番隊副隊長なんて大層な役職ももらったし、もう食いっぱぐれることもないくらいの金も儲けた」

 笑おうとしたのだろう。手ぬぐいの隙間からのぞく口角がわずかに前歯をのぞかせた。ただ、完璧な笑みを浮かべることはなく、口元はこらえるように歯をくいしばっただけだ。

「それでも結局、妹は見つからなかった」

「もういいです、戸部さん。もう分かりましたから」

 歪んだ口元からこぼれた声はかすかに震えていた。中途半端な笑みのせいで、戸部の顔はひどく歪んだ顔つきになっている。そんな上司の様子に善光はこらえきれず声をかけた。

「だから、あの子どもに会った時、妹かと思ったんだ」

 唐突に静かになった部屋の中で、戸部がすべてを吐き出すようにいった。

「随分と前から、お前があの山に入り浸っていることは掴んでいた。もうすぐ都に帰ることが決まっていたし、その前にお前の鼻を明かしてやろうと思ったんだ。はっきり言わせてもらうが、俺はお前が嫌いだったからな。だから村を離れてうやむやになる前に掟破りの現場を突き止め、編纂部隊から追放してやるつもりだった」

「・・・・・・」

 目の前で自分を嫌いだと言われたのは初めてだ。だが、これといって気分が悪くなることもない。今までの戸部の苦労を考えれば、都でなんの苦労もなく過ごしてきた善光など、ただの世間知らずにしか見えなかっただろう。事実、彼の言うように、飢えも別れも知らずに生きてきただけの甘えた男だからだ。

「そんな考えは、あの子どもを見たときに吹き飛んでいた。今思えば、あまり妹には似ていなかったな。その時は普段の疲れと暗がりのせいと・・・・・・あの子が妹と同じ三つ編みをしていたせいで見間違えたんだ」

「だから、妹さんだと勘違いを?」

「・・・・・・毎日夢に見ていたくらいだ。死んだ妹が俺を恨んで、呪い殺しに来たんだと思った。あの神社自体が村人から隔離された特別な場所だったからな」

 普段よりも饒舌なのは熱のせいだろうか。

「それでも俺は嬉しかったよ。たとえ化け物になろうが恨まれようが、妹が会いに来てくれたんならそれでよかった。だがあの子は、俺を見るとすぐに逃げ出した。だから俺は必死に追いかけてあの子の髪を掴み・・・・・・この有様だ。これじゃあ刀どころか、筆を持つのも危ういだろうな」

 戸部は自身の手の平をしめした。 

 善光は何も言えず、彼の包帯の手の平を見つめ続けた。

「善光、もしまだあの子を大切だと思うなら、早く神社に戻れ」

「え」

「お前に残された道は二つに一つ。ここに残ってあの子を守るか、あの子を置いて俺たちと村を出るか

「そんな、これでも俺は編纂組の一員です。勝手な真似は出来ません」

「副頭領の俺が言ってるんだからいいんだよ」

「でも・・・・・・ぶっ!」

 反論しようと近づけた顔に手ぬぐいが投げつけられた。湿った布をはぎ取れば、戸部がめずらしく眉間のしわを緩め、屈託のない笑みを浮かべている。だがその目はうつろで、こうして話しているのもやっとな様子に見えた。

 それから戸部は顔を引き締めると、真面目な口調で話を続けた。

「俺のせいで大事にした上に何も手助けできないが、一つだけ助言をやる。短い人生、どれだけの選択肢があろうと選べる道は一つだ。そしてどの道を選ぼうと、結局あちらの道の方は良かったのではと後悔する。だから選ぶのなら、後悔の少ない道を選べ」

 青白く生気のない頬とは裏腹に、その眼差しは切実な灯火が揺らいで見えた。

「選べ、善光。俺はその道すら与えられなかった」

 そう一言だけ告げると、戸部は眼差しをまぶたの裏へと隠した。とうとう気力に限界がきたのだろう。荒い息を繰り返しながら、戸部は眠るように意識を失った。

 残された善光は、もう一度布団にもぐりこもうと思って、やめた。体は疲れていたが、眠れるような気がしなかった。かわりに座ったまま、格子戸からのぞく空を眺める。墨汁を垂らしたような空はまるまるとした月が浮かんでおり、黄金色の光を善光の元へも届けてくる。月の真下には山の頂上が見え、ユエの暮らす神社の屋根が浮かんで見えた。

 ユエの過去を知ったあとでも、妹のようなあの子を慕う気持ちに変わりはない。けれどやはり、善光にとってのユエが、どこか遠くに行ってしまったような気持ちになった。

『お前は、自分が死んだ後でもあの子を守れるのか』

 頭の中を反芻する言葉に、善光は胸元を強く握った。どくどくと脈打つのは自分の心臓だ。この鼓動が聞こえる限り、自分は生きている。

 けれど心臓が止まったその時、善光という存在はいなくなるのだ。

 なぜなら自分は人間だから。

 ユエのように長い時間を生き続けることはできないからだ。

「じゃあいったい、どうすればいいんだよ」

 押し殺したような声が、口の端からこぼれた。

 その時、格子戸から差し込む月明かりが一瞬だけ鋭いものになる。

 目を凝らすと、宵闇の空に星の光とは違う輝きが見えた。まるで流れ星のようなそれはずいぶんと不安定な様子で空を飛び回り、少しずつこちらに近づいてくる。それが格子戸の前を横切った時、善光はようやくその正体に気づいた。

「まさか、千鳥?」

 善光の姿を捉えた白いカラスは、旋回しようと大きく翼をはためかせる。だが、勢いが抑えられず、そのまま隣の部屋へと飛び込んでいってしまった。太い木枠の割れる音が薄暗い家に響き渡る。

「千鳥!」

 戸部はよほど疲れているのだろう、先程のような大きな音にも目を覚ますことはなかった。善光はしばらく戸部と隣部屋の方とを見比べていたが、こらえきれずに部屋を飛び出した。

(どうしたんだろう。まさかユエに何かあったのか?)

 忘れかけていた肩の痛みに目がくらみそうになりながら、善光はできるだけ駆け足で部屋の中に飛び込む。

 部屋に飛び込んだ瞬間、善光は目を見張った。薄暗い部屋の中、格子戸から差し込む月明かりに照らされて、床に倒れた千鳥の姿があった。

「いったいどうしてこんなところに・・・・・・千鳥、血が!」

おそらく格子戸を突き破ってきたのだろう。木片が白いカラスの下敷きになっており、傷口から新たな血だまりが広がっていた。

「ひどい怪我だ・・・・・・待ってて、今止血をするから」

「やめておけ、どのみち長くはない。信仰の弱まった今では、こんな傷でさえ致命傷なのだ。止血したところでなんの意味もないだろう」

 善光が自分の着物を切ろうとしたとき、千鳥が弱々しい声で制止する。

「そんな、でも」

「それよりも聞け、善光。時間がないのだ」

「え?」

 瞳孔の開いた瞳が、懇願するように善光を見つめた。

「主が我をなくし、暴走しかかっている」

「ユエに、何があったの?」

「元々あの膨大な疫は主が人間の子と同化し、一つになることで暴走が抑えられていた。だが、人間たちによって襲われたことで感情が高ぶり、暴走しかかっている。このままでは村どころか、日ノ本全土に疫がばらまかれるだろう」

「そんな!」

 困惑する善光とは裏腹に、千鳥は妙にさめた様子で息を吐いた。漆黒に潤んだ瞳が、静かに伏せられる。

「フン、当然の報いではないか。他者にすべてをなすりつけ、自分達だけ助かろうとするからだ。正しく身から出たさび、自業自得だな。だがあの方はきっと、このような結末をお望みにはならない。あの方はどこまでも優しく甘いのだ。だからこそ私は主に仕えたのだがな・・・・・・最期に、思い出せて、よかった」

 千鳥の体が、淡い光を放ち始める。普段よりもまばゆいそれは、流れる星のように鮮明な輝きだった。徐々に軽くなっていく腕の感触に、善光は確かな別れの気配を感じはじめる。

「ダメだよ、千鳥。ユエを・・・・・・大切な主人を置いていく気なの?」

「私の主はとっくに死んでいた。八十年前のあの日、人間の娘と一つになった時に主という存在は亡くなったのだ。それでもあの方の置き土産である今の主に面影を重ねながら、私は今日という日まで浅ましくも生き続けてきた。私もたいがい人間どものことは言えんな。約束などという不確かな繋がりにすがって、主のいなくなった現実から逃げていたのだ」

「千鳥・・・・・・」

「だから頼む。もう、お前にしか頼めないのだ」

 千鳥は、最後の力を振り絞るように目を開いた。

「主を、殺してくれ」

「・・・・・・なにをいって」

「主の存在が明らかになった以上、村人たちは主のことを放っておかないだろう。かといって、主を生かし、疫をばらまくのは生前の主の意義に反する」

「だからってそんな、ユエを殺すなんて、僕にはできないよ」

「だがもうお前しかいないのだ。このままでは村人たちに殺されるか、祟り神となって自我を失い暴走するか、そのどちらかしか道はない。親しかったお前に殺されるのなら主も本望だろう」

「勝手なことをいうな。ユエがそんなことを望むわけないだろう!?

 激昂した善光が血まみれの体にすがりつくが、千鳥の姿が光の中へ埋もれていく。腕の中の重みもほとんど残っていなかった。まるで空気のかたまりを掴んでいるかのような感触に、善光はどうすることもできない。

「いいか善光、私に残された最後の力でこの身を小刀へと変えよう。もし直接主を殺すのが嫌なら、御神体である御鏡を壊すのだ。そうすれば主の力はなくなり、消滅する」

「千鳥、だめだ、千鳥!」

「最後まで迷惑をかける・・・・・・頼んだぞ」

 千鳥がそう告げると、腕の中の光が風に吹かれた砂のように掻き消えた。

 腕の中に残されたのは刃渡り三寸ほどの小刀だった。むき出しの刃は月の粉をまぶしたかのように美しい輝きを放っており、善光の手のひらで淡い光を発している。床に広がっていた血だまりもすっかり消えてなくなり、壊れた格子戸の木片と小刀だけが、今起こった出来事を証明していた。

 刃の上に、ぱたぱたと透明な雫がこぼれ落ちる。

「みんな勝手だよ、お婆さんも千鳥も、誰ひとりとしてユエのこと見ていないじゃないか。あの子は、ただの子どもだ。美味しいものを食べれば喜ぶし、髪を結って上げれば大はしゃぎする、ただの女の子なんだ! そんな子を、僕に殺せって言うの・・・・・・?」

 思い浮かぶのは、ユエの柔らかな笑顔、物語を聞く真剣な表情。そして、最後に見たあの泣き顔。その彼女を自分に殺せという。それが善光にとってどれほど辛い選択であるかも知りながら、千鳥は国の命運を簡単に放り投げていったのだ。

 どれだけ思い悩もうが、夜は更け、やがて朝がやってくる。

 

 決断はすぐそこまで近づいていた。




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2014,09,19