3話

 

「こんな風に2人っきりなのって久しぶりだよね〜」

部屋の中、シロの笑い声が響く。反響する壁や床は絨毯のようにふかふかしており、ぬくもりのようなものまで感じられた。相変わらず不思議な部屋だ。クロは部屋の隅でひざをかかえる、けれどそれでも生ぬるいぬくもりが感じられて落ち着かない。

「そうだ、聞いて聞いて!このあいだ久しぶりに前の学校の友だちに会ってね、塾の帰りに待ち合わせていっしょに遊んだんだ」
 そんなクロの右隣に、シロは人一人分の距離を空けて壁に寄りかかる。出会った頃からの定位置に座るシロには、壁から感じるぬくもりは特に気にならないようだった。
 シロはよくクロの隣で話をしていた。いつも適当に聞き流していたけれどシロも特に話を聞いてほしい訳でもない様子だった。要は2人でいられればそれでいいらしい。今もとなりで話し続けるシロを横目に、考えを別の方向に走らせる。脈打つ心臓の速さで、自分がまだ混乱しているのがわかる。

クロは、自分がここにくる前のことがまったく思い出せずにいる。

それはシロも同じらしく、気が付いたら2人この部屋に倒れていたらしい。誰かに誘拐されたのではとも考えてみた。だが、ロープなどで自分たちを拘束するようなこともないし、見張りもいない。ただの誘拐事件、とするには不可解な点が残った。
『出口もないみたいだし、助けが来るまで待ってみようよ。』
 この状況でも笑みを浮かべ、そう話すシロ。そのへらへらした顔を一瞬はり倒したくなったが、実際にできることといえばそれしかない。
こうして、たいへん不本意ながらも、クロはシロとともに肩をならべて助けを待つことになった。

「そこでクイズを出し合ったんだよ。あのね、ある時目を覚ますと、そこは知らない部屋の中で・・・・・・」
 シロの声は変わらず部屋の中に響く。少しだけ顔を上げ、軽く周りを見渡す。   

こうしてみると、ここは『あの部屋』に似ているかもしれない。もちろん床一面に広がるゴミの山もないし、わずかな光も差さない暗闇でもないが、出られないところは同じだろう。床や壁を叩いてみてもびくともしない。まるで箱の中にでも閉じこめられたようだった。

「部屋から出ようと何重にもかかっているカギを開けていくんだけど、最後のひとつがどうしてもできない。そうしているうちに7日がたち、気を失ってしまう。そして目が覚めると、また知らない部屋の中にいるんだ」

ふたたび視線を下ろし、足元に出来た自分の影を見下ろす。身につけている服よりも若干薄いそれは、クロの動きに合わせ頼りなく揺れる。長袖から見えるやせ細った腕には、マジックでかかれたような黒いらせんが、まるでヘビが巻きつくようについている。一体どこでつけたんだろうか。


「それをずっと、ずぅっとくり返す」

「『さて、これは一体どういう状況でしようか?』」

 冗談っぽくかしこまって話すシロの声が、白い部屋のなかで一際よく響いた。

 

 たのしそうににやけた顔で問題を話すシロ。そのすがたをみて、クロはふと、どうしてコイツは俺にかまうのだろうと疑問に思った。

 

 クロは相変わらずシロが苦手だった。というより嫌いだった。うっとうしく絡んでくるのも嫌だったし、何よりシロは―――自分とはあまりにもちがう人間だったからだ。

 シロの両親は健在で、一人息子であるシロをとても可愛がっていた。それはありふれた普通の家庭の姿だった。そのしあわせそうな姿を見るたびに、クロの体の中に苦い感情がにじんだ。
 クラスメイトの中でもシロは、特に輝いていた。そしてそのひかりが、自分に向かって手を差しのべている。もしかしたら、怖いのかもしれない。自分が、その輝きの中に消されてしまうことが、

 あるいは

「正解はね、『実は部屋の外の世界は滅んでて、自分だけが生き残って避難した、さびしさを紛らわすために自分が死ぬまで部屋から出ようとするゲームをしている。』でした!難しかったでしょ?わからないよね〜」

 シロはアハハと声を上げて笑う。そして、

「ねえ、クロ」

 シロの声色がガラッと変わった。抑揚のない声に驚き顔をむければ、シロのどこかつらそうな笑みがこちらをみていた。
 恐れているのは、もうひとつ。

 

「オレ、この部屋からでないほうがいいんじゃないかって思うんだ」



 ―――
純粋にかがやく『白』が、自分の『黒』に汚されることを。


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