※こちらは長編小説『君が死ぬまでのワガママを』の番外編です。
  このお話単品でも読めますが、上記の作品を読んだ後ですと
  さらに楽しめるのではないかと思います。
興味をもたれた方はぜひ上記リンクよりどうぞ。















 Missing Message
 

 とある学校の屋上に、少女が一人たたずんでいた。

『・・・・・・』
 長い黒髪の少女は空へと顔を向ける。夜明けを迎えようとしている空は少しずつ白み始め、地方の街並みに早めの朝を告げた。その風景を閉じ込めるようにゆっくりとまぶたを閉じる。
 冷たい夜風が彼女の短いスカートをふわりとひるがえす。凍えるような寒さの中でも、まるで少女は寒さを感じていないようだった。

『ねえ、やりなおしたい?』

 少女の後ろにはいつの間にか幼い顔立ちの少年が立っていた。Yシャツにネクタイ、光沢のあるズボンに黒地のベストと、街中を歩いている男子高校生と同じような格好をしている。だが、よく見ればそれは普通の高校生が着るものよりはるかに良質のものだと気づくだろう。色素の薄いねこっ毛を夜風にふかし、少年はよどんだ黒目をこちらへ向けてくる。
 真顔でいれば整った顔立ちであるのに、ぐにゃりとつり上がった口元のせいで不気味さの方がまさっているように思えた。
『・・・・・・』
 少女は答えず、じっと少年を見つめる。
 浮かべた表情は不気味であるものの、少女はそれほど恐怖心を感じなかった。 これが普通の女の子だったなら悲鳴のひとつでもあげたのだろうが、あいにく少女はもう普通の女の子ではない。
 細い手すりの向こうには地平線から太陽が顔を出し始めた。その瞳を貫くような朝焼けを受けても、少女の身体は影一つできない。
 それどころか、細く透き通ってさえいた。

 そう、少女は、死んだのだ。

 少女は屋上から身を乗りだし、自分から死を選んだ。


『はじめまして、ボクは死神。キミをゲームに誘いにきました』
 いつの間に後ろにいたのだろう。唇を不気味につり上げた少年が、振り向いた少女にうやうやしく一礼をした。

『・・・・・・死神』

少女の顔に驚きは見られない。おそらく自分と同類だろうと、なんとなく少女も察していたからだ。
『そう、死んだ人間の魂を、君たちの言う天国や地獄に運ぶのが僕の仕事。そして、君のように成仏できないでいる魂にゲームというチャンスを与えている』
『・・・・・・』
『そのゲームに参加できるのはたったひとり。キミの大切な親友さ』
『あの子が?』
 表情一つ変えぬ少女の言葉に、死神は口元を大いに歪めた。
『そう、君が想いを告げられずにいたあの子さ。うまくいけば、君は生き返って好きだと伝えられるだろう。あの子もキミの想いを受け止めてくれるかもしれない』
『・・・・・・』
『君が一言承諾すれば、すぐにでもゲームを始められるようにしよう。あの子もキミの死にはずいぶんと悲しんでいたからね。きっとこころよくゲームに参加してくれるよ』
 少年の姿をした死神は一歩ずつ、少女の方へ歩み寄る。立ち尽くした少女の目の前に立つと、澱んだ視線が半透明の瞳を貫いた。
『さあ、どうする?』
 甘い誘惑。
 決定権を委ねながらも、相手には一択しか選ばせないような口調だった。声変わりしていない少し高めの声色は、甘く少女の耳に響く。
 そんな言葉をさえぎるように、少女はまっすぐ死神の目を見つめ返した。

『いらないわ』

 夜の闇よりも深く暗い瞳が、大きく見開かれる。
『いらないわ。だって私後悔してないもの』
 念を押すように、少女は再度言葉を重ねる。
 少女の口元に浮かぶのは、笑み。
『・・・・・・ウソだね。だってキミ、成仏してないじゃないか。それって親友のあの子に告白できなかったからでしょう?』
 死神はすっと目を細め、すごむような視線を送った。それでも少女の様子は変わらない。むしろ誇らしげに胸を張ってすらいた。
『違うわ。死神なんだから、私がどうして死んだのかわかるでしょう? 私は自分で、ここから飛び降りて死んだの。私の最期は自分の意志で選んだもの。後悔なんてないわ』
『じゃあ、なぜ、キミは成仏しないの』
 歪んだ口元から覗いた犬歯が、朝焼けに照らされてぎらりと輝いた。いまにも喉元を噛みちぎられそうなほど近づくそれを、少女は臆することなく受け流す。
『あの子を、見守るためよ。それ以外の理由はないわ』
『・・・・・・ゲームでもう一度会えば、あの子だってキミに振り向いてくれるかもしれない。親友で、女の子同士であるキミの気持ちを受け取ってくれるかもしれないんだよ?』
 死神の問いに、くすり、と少女は笑みをこぼした。
 それは目の前の少年のものより幼く艶やかで、綺麗で歪んだ女の表情だ。
『女の子は複雑なものなのよ、死神さん。私はね、あの子の恋人になりたいわけじゃないの。私はあの子とずっと親友として、永遠でいたかった。でも、それには私の恋心が邪魔だった』
『だから、自分で死んだ?』
『正解。だからね、今の私に後悔なんてないの。わかった』
 互いの不気味で純粋な笑みが交差する。紺色の空が、紫からオレンジ色に変わっていき、半分までのぼった太陽が街に朝を連れてきた。
『・・・・・・』
『・・・・・・』
 吐息を感じそうなほど近い距離で見つめ合う少女と死神。二人の隙間を這うように、夜風の名残が吹き抜ける。
 先に動いたのは死神の方だった。

『なら、仕方ないね』

死神はいっそう目を細めると、右腕を空高くかざした。朝焼けの風が渦巻くようにまとわりつき、その手のひらには、長い棒状のものが収められていた。

大きな鎌だった。物語に聞く死神が持っているような、少年の身長をゆうに超えるほど巨大なものだ。

少し赤みがかった真っ黒なそれが、少女の眼前まで突きつけられる。鈍色に光る刃先が、少女の喉元まであと数ミリというところで止まった。

『・・・・・・!』

息を飲んだ少女の姿に、ぐにゃりと歪む死神の顔。少しだけ、目を背けるように、小柄な少年の体がかしいだ。

手に持っていた鎌も、その動きに合わせ、少女から距離をとる。

だが、次の瞬間、死神の濁った瞳が見開かれ、獲物の姿を捉えた。

巨大な鎌の切っ先は、容赦なく少女の体へと振り下ろされた。

『―――ッ!』

少女は思わず目をつぶった。体を切り裂かれる感覚を覚悟し、歯を食いしばる。

『・・・・・・?』

だが、いつまでたっても、痛みは感じない。

少女はおそるおそる目を開けた。そして、再び目を見開いた。

『え』

少女の身体は、確かに切り裂かれていた。左胸から右の下腹部にかけて、無残にも鎌によって切り裂かれた跡が一瞬だけ見えた。

だが、それだけだった。肉も血も、骨もない今の少女には、流れ出るものは何もない。鎌の通った身体は塵が飛び散るように霧散したあと、再び少女の姿を形成していく。砂浜に残した足跡が波にさらわれ消えていくように、少女の体には何一つ代わりなかった。

『はい終わり。どう? びっくりした?』

 目の前には、死神がしたり顔で笑みを浮かべている。

鎌を持つ手とは反対の手に、いつの間にか一冊の本が握られていた。朱色のハードカバーで、表紙には金字で模様や文字が描かれている。一見すれば、少女が中学生の頃にもらった卒業アルバムにも似ていた。

『私に、何をしたの?』

『大したことはしてないよ。キミの魂から、キミの“記録”を抜き取っただけさ』

『“記録”?』

 死神は再び、手を頭上にかざす。役目を終えた巨大な鎌は霧散し、死神の手元には本だけが残された。

『そう、これを集めるのがボクの仕事。だからもう、ぬけがらであるキミに用はない』

『え?』

 死神はおかしそうにいっそう笑みを浮かべる。にっと釣り上げられた口元からは、真っ白な犬歯がキラリと輝いた。
 さきほどまでの殺伐とした空気はなくなり、日の出によって温められた空気が二人の周りを取り囲んだ。

『キミを無理やり連れて行く理由がなくなったってことさ。せいぜい魂が消える瞬間まで、幸せに過ごせばいい。“記録”を抜いてしまったから、この世にとどまっていられる時間は短くなってしまったけどね』

『―――』

『けれどそれも、キミが望んだことだろう?』
 小首をかしげた死神が、ゆっくりと目を細める。濁った瞳に感情はなく、何を考えているのかまったくわからない。ただ少しだけ、同情じみた哀れみの眼差しを向けられたような気がした。

 その視線の意味を知った少女は、思わずため息を吐いた。

『・・・・・・あなたって人は、本当に、どこまでも人をからかうのが好きなのね』

『やだなあ、ボクは死神だよ?』

『どっちだってかまわないわよ。鎌を突きつけて脅したのはわざとだったのね?』

『さあて、なんのことかな』

『わざとらしい』

 くすくすくす。二人分の笑い声が、乾いた屋上の中に響き渡る。顔の大部分まで出てきた太陽が、ほこりっぽい風と共にまばゆい日差しを運んでくる。けれどやはり、彼女らの足元に影はない。

 一人は所詮死人で、もう一人は、死神だからだ。

『さて、ボクもそろそろ戻らないとね。ああ、言っておくけれど、記憶のほとんどはボクがとっちゃったから、キミはもう、家族のことも、友達のことも思い出せないよ』

『え』

『けれどね、強い想いと結びついた記憶だけは、どうしても引き剥がせないんだ。そればっかりは、魂ごと運ばないと取ることはできない。だから今のキミは、キミ自身のことは忘れているけれど、親友のことだけは覚えているんだ』

『・・・・・・』

『それじゃ、せいぜいお元気で?』

そう言うと死神は、風景の中に溶けるように消えていった。彼がいた場所には、コンクリート製の冷たい床が並べられている。
『・・・・・・ありがとう、優しくて残酷な死神さん』
 少女は手すりに寄りかかるように身体を動かし、朝焼けを見つめた。目の前には完全に顔をだした太陽が、早朝の校庭に光を届けている。
 生身の体をなくした少女には、冷たい手すりの感覚も、太陽のぬくもりも感じられない。それどころか、自分の家族も自分の名前さえ、もう覚えてはいなかった。

けれど寂しい気持ちはない。
 彼女の愛しい親友は、きっと今日も、彼女のいる学校へとやってくるのだから。

(
私は幸せよ。たとえもう触れられなくても、声を聞くことはなくても、自分で選んだことだもの。後悔なんてないわ)
(
だから、この胸の息苦しさは気のせい。私は・・・・・・幸せなんだから)

 そう自分に言い聞かせる少女は、朝焼けに照らされたグラウンドに目を細める。
 もう涙で潤むことのない瞳には、今朝の街並みは少しまぶしすぎた。


『あの子に、会いたいな・・・・・・』


 少女のつぶやきは、いまだ目覚めぬ町並みのなかへと消えていった。

 



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というわけで、ここまで読んで下さった方々、お疲れ様です。
今回の短編は長編小説『君が死ぬまでワガママを』の番外編として書かせていただきました。
きっかけは小説を読んでくれた友人がグレイを気に入って下さり、
『もしよかったら死神さんの短編小説書いてほしいな〜』
というお言葉をいただいたことから始まりました。

それを聞いた白乙が『よっしゃあ!やってやんよ!!』
ノリノリで書いたものがこちらになります(笑)

本編とは違い、番外編のグレイは人型で登場していますね。
女の子はすでに死んでいるので、会話のために動物を依代にする必要がないため、人型で現れています。
ある意味これがグレイの本体ですかね。

ちなみにこの小説は、友人に見せたものを若干改変してあります。
理由は、当サイトのメイン(一応)である小説『生命の図書館』との関係性をリンクさせるためです。
この短編と同時公開した『03:死神』を読んでいただくと、作中でのグレイの行動とかが
よりわかりやすくなるかと思います。
気になった方がおられたら、作品名のリンクよりどうぞ!


ではでは、読んでいただきありがとうございました。



2013,05,26