04:案内人
 

 

「・・・・・・」

 ポン、ポン、と軽快な音が響く。やや古風の作りをした部屋の中には猫脚テーブルにふかふかのソファが並んでいた。石造りの壁に囲まれた部屋はアンティークの家具でそろえられているため、中世のお城に迷い込んだような気分になった。まあ、この部屋の主がまさしくそのような人だからなおさらそう思えるのかもしれない。

「何も言わずにごめんなさいね。どうしても早くこの場所に連れてきたかったの。利用者の人に会えるのって本当に珍しいから」

妙に高級感のあるソファに座り、この部屋の主である少女がお茶を出す様子を眺めた。言葉通り、彼女が書物からティーセット一式を出すのを、だ。彼女が書物を開くたびに軽快な音がまたひとつ、ポンと鳴った。

あたしは改めて目の前の少女をじっと観察する。歳はあたしと同じくらいの十四・五歳に見えるが、身につけているドレスやおちつきはらった雰囲気がどこか浮世離れしているように思えた。もしかしたらあたしよりずっと歳上なのかもしれない。おとぎ話に出てくるお姫様のような格好をした彼女は、ティーポット片手に申し訳なさそうな顔をした。

「私はこの場所を管理する“管理人”よ。この場所を図書館として開放してからずいぶん経つけど、ほら、ここってすごく広いでしょう? いつもは円卓のある広間にいるんだけど、そこまでたどり着ける利用者さんって今までいなかったの。だから貴方が広間に来て、しかも同い年くらいの女の子だったからすごく嬉しくて。ついつい自分のお部屋に連れてきちゃった。本当はいけないことなんだけどね」 そう、あたしが目を覚ましたとき、そこはすべてが真っ白な世界だった。

 大量の本棚が立ち並んだその場所は広大で、広場まで来るのにも時間がかかった。やっとのことで抜けたその場所で、あたしは真っ白な少女と出会った。

『まあ、まあまあまあ! お客さんなのね』

 少女はとたんに目を輝かせてあたしの手をつかみ、ドレスの裾を翻して走り出した。長い天井を抜ける螺旋階段を抜け、たどり着いたのが……この部屋だったのだ。

少女がカップに紅茶を注ぎ始めた。白磁器でできた茶器は花の模様が描かれ、持ち手にはツタを模した金の彫刻がはめ込まれたいかにも高級そうな代物だ。最後の一滴まで注ぎきると目の前にそのカップを差し出される。手に持った質量は確かに存在していたし、波に揺れる紅茶のぬくもりも間違いなく本物だ。

(やけにリアルな夢なのね・・・・・・本当に夢なのよね?)

 湯気の立つカップを眺めながら、あたしは疑心暗鬼になっていた。

 

 物心がついた時からあたしは現実主義者だった。サンタはもちろん、幽霊や魔法、占いなどといった話などは一切信じていない。自分でも冷めた子どもだという自覚はあるが、見たこともないものを信じることなどできなかった。

(この目で見たもの以外、なにも信じない)

 それがあたしの持論だった。

 だが、その考えでいけば、自分は今の現状を本物だと認めなければならない。

「まだよくわからないんだけど、結局ここは夢の世界なの?」

「そう言う人もいるし、そうじゃないという人もいるわ」

(結局どっちなのよ)

 あたしはそう言いたいのをこらえ、言葉を飲み込むように紅茶を口に含んだ。

「!!」

「どうかしら?」

「・・・・・・おいしい」

 思わず口から言葉がこぼれる。もう一口飲めば、それは今まで飲んだことがないほどおいしい紅茶だった。ミルクを入れていないため紅茶本来の香りが感じられ、わずかに入ったリキュールのほろ甘い風味が口いっぱいに広がる。

「よかった、私もこの紅茶が大好きなの。今お茶菓子もだすわね。定番のミルクスコーンもいいし、オレンジピールの入った生チョコも合うの」

「へえ・・・・・・」

 そう言って少女は先程の書物をめくり始めた。本から物を取り出す行為にはやはり違和感を感じるが、これほど美味しいものが頂けるのであればそれで良いかとも思い始めている。先ほどの一口ですっかり胃袋を掴まれたのかもしれない。

「確かこのページに、えい!」

 ぽん、と軽快な音が再び聞こえてきた。あたしもまたじっとその様子を見守る。しかし、書物からでてきたものは、お茶会には到底似合わないような代物だった。

「・・・・・・ペンギン?」

 白黒の毛皮にオレンジ色のくちばしを持ったペンギンがテーブルの上に佇んでいた。丸い頭を上下に動かし、つぶらな瞳で興味深く辺りを見回している。

「ちょっと、なんでペンギンが出てくるのよ!」

 あたしは思わず悲鳴をあげた。

「ごめんなさい、ページを間違えたみたい。今度こそ、えい!」

 少女があわててページをめくり、書物からまたなにかを呼び出した。

 聞きなれた音の後に出てきたのは、三毛猫だ。まだ子猫のようで、小さな舌をちろちろと出しながら毛づくろいをし始める。

「わ〜かわいい・・・・・・ってちがうわよ。だからなんで動物が出てくるの!」

「ごめんなさい、ページがわからなくなっちゃったみたい。えっと、こっちだったかしら、それともこのページ?」

 少女はおっとりと、しかし慌てた様子で次々に書物のページをめくり続けた。しかし出てくるものは犬・猿・鳥などの動物ばかり。テーブルから溢れた彼らは部屋の中を徘徊し始めてしまった。

「待って、出すなら先に出したのを片付けてからにしてよ!」

「どうしましょう、もっとわからなくなっちゃった!」

 あたしの声に耳を貸す余裕もないらしい。その間にも動物たちはあるものはクッションの上で飛び跳ね、あるものはケンカをしたりと、部屋の中は大混乱におちいっていた。しかも出てくる動物がどんどん大型になっており、このままではライオンのような凶暴なものも出かねない。

(・・・・・・しょうがないな)

 動物たちがまきおこす騒ぎの中、あたしはため息をひとつついて、一言声をあげた。

「『ケンブリッチ号がスノーマンの街にたどり着いた』」

「え?」

 あたしの言葉に、ようやく少女が振り返る。

「『ケンブリッチ号がスノーマンの街にたどり着いた』。これが冒頭に書かれているページを探しなさい。それが最初に紅茶を出したページよ」

 あたしは視線をそらしたまま答えた。少しずつ落ち着きを取り戻した少女の指がページをめくる。そして、軽快な音がひとつ鳴った。

 テーブルの上に茶菓子の入った三段かごが現れた。下からサンドイッチ、ケーキ、スコーンの入ったそれは英国式の品揃えだ。隣の大皿にはミルクスコーンとチョコレートが並べられている。

 茶菓子が現れたのを境に、先程まで大暴れしていた動物たちが一斉に姿を消えていった。彼らは出てきた時と同じ軽快な音を響かせ、あっという間に消えていった。残ったのは乱れたクッションとティーセット、そしてあたしたちの二人だけだった。

「・・・・・・ごい」

 かたわらの少女がぽつりとこぼす。

「すごい、すごいわ貴方! ページを覚えていたの?」

「たまたま目に入っただけよ」

「それでもとっさに出てくるなんてすごいわ!」

 彼女はすっかり感動した様子であたしを見上げてくる。向けられたまなざしにあったのは好奇でもからかいでもない、純粋な驚きだった。あたしにそってそれは新鮮な反応だった。

 あたしはチョコレートの中から生トリュフをつまみ、一口かじってみた。オレンジピールの香りとビターチョコの風味が絶妙なそれは、少女が言うようにとても美味しかった。そうして一口、また一口と食べ進める中で、あたしの中にある考えが浮かび始める。

(この子なら話しても大丈夫だろうか)

 人の心をつかむなら胃袋から、とはよく言ったものだ。おいしい紅茶とお菓子にほだされたあたしは、少しずつこの怪現象を受け入れ始めていた。

「ねえ」

 横を向くと、少女は上品なしぐさでケーキを食べていた。この世の幸せを一身に受けたような表情が少しおかしくて、思わず吹き出してしまいそうになる。

「なあに? 紅茶のおかわりかしら」

「聞いて。さっきあたしが紅茶のページを言い当てたとき、たまたま目に入っただけって言ったわよね?」

「たしかに言ってたわ」 

「ごめん、あれ嘘」

 気づけばあたしは彼女の手の平を握っていた。彼女は振りほどくことなくケーキの皿を下ろし、あたしのほうに体を向ける。あたしはこれ以上彼女の顔を見たくなくて、目を背けた。

 

 

「あたし、おかしいの」





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2014,10,05